『なずな』堀江敏幸2012/09/18 20:59

堀江敏幸さんの『なずな』を読みました。

弟夫婦が交通事故・病気で入院となり、その赤ん坊を一時預かった男性の育児小説です。男性の名前は菱山秀一。44歳、独身。伊都川市という地方都市で小さな新聞社の記者をしています。赤ん坊がくることで菱山の生活は一変します。女の人と違い、母子が密着していないからかもしれませんが、なずなと名付けられた赤ん坊との関係は、とても自由でおおらかで風通しのいいものです。愛情に満ちた柔らかな観察眼。鳴き声や手足の動き、顔の表情・・、細部まで日々変化するその様子を菱山はそっと見守り続けます。

また、主人公を取り巻く環境もなずなとの生活によって変わっていきます。飲み屋のママさん、小児科医一家、マンションの管理人さん・・、なずなを通し、今までふれあうことのなかったそれらの人びとと温かく関わっていきます。

なずなの成長とともに地方都市のちょっとした事件、時間のゆるやかな流れが描かれていくのも心地よいです。

まどみちおの詩が印象的に引用されています。なずなを守っていたのではなく、なずなに守られていたんだと気づく菱山。

刺激的な事件や、人間関係が劇的に生じる・・、そんな物語ではないですが、忘れそうなささいな時間の大切さを教えてくれる、ささやかかな瞬間がとても大きな永遠に通じる、輝きに満ちた小説です。