『詩人中野鈴子を追う』 稲木信夫評論集2014/10/27 18:28

著名な兄の名に隠れ、歴史の中に埋もれてしまった詩人中野鈴子を、綿密な作品分析と足跡をたどる丁寧な調査で、再評価した評論集の力作である。兄重治とは違い、故郷福井県一本田に戻り、土地に根を下ろし農家を継ぎ、切実に作品を作り続けた鈴子。彼女の詩は、生きていくことと密接に結びついている。社会や時代と戦い血を流し、書き続けた詩人でもある。歌人窪川鶴次郎をはじめ、数々の恋愛があった。しかし、当時の地方農村の女子として、父の言う通りの結婚を余儀なく受け入れてしまう。思い通りにいかない生活の中で鈴子を支えたのは、詩作への情熱であった。抑圧された女性の生きざまを他者になりかわって詩に託した。封建的な厳しい父。家父長制度の中で、酷使され死んでいった妹。東京で華々しく文学活動を展開する兄やその周りの文人たち。様々な人々との交流が描かれ、彼女の詩が人と時代との交わりの中で育成されてきたことがわかってくる。ラジオ番組や講演会の再録、ゆかりのある詩人たちとのインタビューが掲載され、鈴子の人柄や実直な作風通り、親しみやすい血の通った評論集となっている。晩年交流のあった評者の、鈴子への深い敬意が全編を貫いている。彼女の詩。それは、昭和という時代が持つ陰の大きな側面を浮き上がらせる。真剣に生きた一人の女性の内的発語が当時の女性たちの言葉と重なり、大地に染み渡る鈴の音のように広がっていくのを感じた。

『詩と思想2014年9月号』に掲載していただきました。